この文章は、大正15年に発行された「上毛の温泉」の内容です。又、旧字や現代では使用しない漢字、旧仮名遣いなどは読みにくいために、現代様に改めました。
(五)澤渡温泉
(1)交通
中之条から、吾妻川に分かれて右へ二里半、そこい吾妻四湯の一、澤渡温泉がある。蛇野川に沿うて、昔は草津への道路であって、草津の溶岩は、「ただれ」をこの湯で癒して帰ったのである。
(2)歴史
源頼朝が、三原狩の時来たり浴したとあるから、その頃すでに開けて居たのであろう。梅に箙をはさんで、寿永の春の暁かけて、一の谷に戦った風流漢、梶原源太景季の、その時の歌が伝わっている。
梓弓 日も暮坂に つきぬれば 有笠山を さして急がん
と言うのである。暮坂峠というのは、草津からここへ来る途中のけん坂で、有笠山というのは、温泉の前面に聳える山である。一行は三原から草津、澤渡と来たことがわかる。
沼田城主真田信直が好んで遊んだので、次第に名高くなった。
(3)温泉地 海抜二千三百尺、秋葉山・有笠山を前後に控えて居るが、眺望は思いのほかに広く、右に浅間の噴煙を、左に榛名の秀麗を望むは固より、晴れた日には遠く富士・磐梯の諸峰を眺める事が出来る。土地高く空気清澄、加うるには冬は非常に温かいのがこの土地の特色で、為に避寒の客の多いのがこの湯の誇りである。中之条から自動車、馬車、人力車の便がある。
(4)泉質
湯は無色透明の塩類泉で、発汗を誘い、食欲を進め、血行をよくし、呼吸を活発にする。特に皮膚病に卓効があるから、草津の浴客が、ただれを癒す為に両三日ここに入浴することは、前に述べた通りである。為に特に浴槽を別にして両者の便に備える。
皮膚病の他に、慢性諸症・婦人病・。花柳病等に卓効がある。
(5)旅館
旅館の数四間、客室五十九、浴室四、三百名位の客は収容できる。
宿泊料は一円八十銭から三円まで位。自炊するならば一週間七円から十五円まで位で充分ある。
遊覧地としては 澤渡八景がある。