この文章は、大正8年に発行された「伊東及附近」の内容です。又、旧字や現代では使用しない漢字、旧仮名遣いなどは読みにくいために、現代様に改めました。
旅館と費用
滞在している間は、その旅館なり部屋なりが自分の意に添ったものでなければ、誠に居心の悪いものである。勿論、安かろう悪かろうのことわざも免れないが、自分自分の希望と胸算用によって或る程度迄は十分に詮索する必要はあろう。病気のための滞在ならば勿論、泉質を第一に考えねばならぬが、閑静でいいと思えば、冷える質の湯であったり、善い旅館だと思うと取り扱い振りが現金主義であったり、日当たりが悪いとか、風通しが悪いとか、歌舞の巷に近いとか海に遠いとか、十人十色、それぞれ行くべき向きが区々である。成金ぶりを見せることも出来る一面には、家族的に気安く滞在することもできる。つまり、一から十まである。
尤も安全な旅館決定法は、かつて来浴した人に様子を聞くか、その地の知人を糺すのが安全であるが、そうもいかぬことがある。時分はその地に着いてから荷物を然るべき所へ預けて置いて、半日がかりで十分の調べをする方法を執っているが一番善いようである。
伊東の南部、玖須美にあるものでは、
暖香園、大坂屋、伊東館、櫻屋、松林館、静海館、河原旅館、扇屋、東屋、富士本、京屋などがあり、大川橋誓榮町には、高橋、若松屋、村上の三軒がある。
伊東の西部に当たる猪戸方面では、
桝屋、湯元館、山田館、東京館、元猪戸、新山田、朝日屋、富士屋、佐野屋、梅本、池田屋等を数える。又、
大川橋の左右に、
葛野や、松川館、泉屋、安元、小川館、栄松館がある。
伊東は鮮魚が多く、山の物もたくさんあるので、食物は美味いものが膳に上る。また、東京との便船が毎日あるので、日用の調味料は走り物に事を欠かないので、永い滞在でも少しも飽きのくる所が無いのである。
旅館の費用も、「定賄」と「御伺い」とによって違う。
・定賄というのは、一切を宿に任せてしまうので、一日何程と定まった宿泊料で三食とも賄わさせるので、普通のやりかたである。最近の組合規定は次の通りであるが、宿によって多少の手加減があり、又食べ物や寝具に手加減が加えられること、いずこでも同様なことである。
一泊料(朝晩二食及び泊まり)
上等 金二円五十銭
中等 金一円五十銭
並等 金一円十銭
昼飯料
上等 金一円
中等 金七十銭
並等 金五十銭
要するに、三食賄って貰えば並等が一円六十銭になる勘定で、遠出等の折に前もって断っておけば勘定以外にあるのである。
・御伺いというのは三食とも宿から聞きに来た時に出来るものをその都度註文するので、この方法によると部屋代、夜具料、電灯代、炭代等払わねばならぬので、中々面倒なやり方である。却って貸間でも借りて自炊した方がよかろう。
座敷料(一日一室)
十一畳 金一円以上
十畳 金八十銭以上
八畳 金六十銭以上
六畳 金四十銭以上
四畳半 金三十銭以上
寝具料(一組一日)
絹夜具 上七十銭以上、並五十銭以上
紬夜具 金三十五銭以上
木綿夜具 金十八銭以上
蚊帳 上金三十銭以上、並金十銭以上
どてら 絹金十銭以上、綿金五銭以上