この文章は、大正8年に発行された「伊東及附近」の内容です。又、旧字や現代では使用しない漢字、旧仮名遣いなどは読みにくいために、現代様に改めました。
自炊する人の為に
旅館ではどこでも、自炊に均しいような、御伺いという賄い法があるが、そう自分の気に入った様なものばかりも出来ぬことがある。又、三か月も四か月もという様に長い滞在をする際に、なるべく経済的に少しでも長く滞在しようという者や、又は病気の関係上、食べ物の難しい者などは、自炊法によるものが沢山ある。しかし自炊は中々男手や老人などのよくする所ではない。十分炊事を担当し得るマメな人をもたぬ限りは、かえって不利益で養生にも何にもならなくなる。
〇貸家
貸家も稀にはあるが、貸家札などがはられてないから、見つけるに骨が折れる。猪戸方面、桝湯辺に浴客のための香椎あが沢山出来ているが、いずれにしても知人に頼んで、予め探しておくか、宿屋に落ち着いて探すのが順である。家賃も疊一畳一円三十銭留まりと思えば大差があるまい。夏季は少し高いようだ。
〇貸間
貸間を目的にして建てた家がポツポツある。素人家で間貸しをする家もある。内湯のある家もある。雑水に不便な所もある。買い物に調法なところもある。最善を尽くすことは難いが、なるべく多くの希望条件を備えた所を探らんのが当然である。間代も七、八、九の三か月は平常の三倍位である。
〇貸間貸家を探らんについての条件
第一に温泉の質を確かめる必要がある。伊東に来る第一眼目が湯治である以上は、これを等閑にしてはならぬ。同じ伊東でも温まる湯もあり、冷える湯もある(勿論、入浴中は温まるけれども)、婦人病の人が冷える湯に入るような事があったら、せっかくの湯治も却って害になる。又、腫物や切り傷の人であったら、冷える湯の方が効くので、どの湯が冷える、どの湯が温まるということは、一々ここに指摘しないが、各自に於いて細心の注意を以て調べる必要があろう。その他、日当たりのよい所、買い物に便利な所、静かな所、勝手元の使いよい所、雑水や飲料水の詮議なども考えの内に入れねばならぬ。
〇日用品
買い物は大抵のものは事欠かぬが、つくだ煮や、煮豆屋が一軒もないから、ちょっと惣菜の補いにしようというものがないことを知っておらねばならぬ。又、買い物も三、四間買い試して歩くと、中々志那によって、家によって半分も違う。これは炊事うけ当人の上手という者、旅の者と見て値を左右する不徳の承認が無いとも言われぬ。買い物の内で不便なのは魚である。漁場で魚の不便は矛盾しているが、切り身の咲かあが買えぬことで、ヒラメでもタイでも一尾か半身でなければ売らぬ。勿論、小魚は色々あるから大した不便はないが、少人数の所では困る時がある。値段は東京と大差なく、ただ、新しいだけが安いのである。玉子なども生みたてがいたる所にあるが、少しも安くない。しかし、野菜物と肉類は幾らか安いようである。
〇炊事道具
人数と滞在日数とによって違うが、土焼の赤い釜やコンロも大小色々あって、どこでも売ってる。其の他少しも不便な物は無い。家によっては色々貸してくれるところもあるから、直接口に当てる器だけ揃えれば足りることもある。場所によっては長火鉢も手焙も借りられる所もある。それらは部屋を見せて貰う時によく聞きただして、約束の内に入れておかねばならぬ。
〇夜具布団
夜具布団は自分常用のものを持って来る方が気持ちもよく、また、安心であるが、貸してくれる所は数か所ある。そういう折には、敷布や肩当、襟布、枕布などは自分のものを縫い付けて、度々日光消毒を行い、健に選択を怠らぬようにしたいものである。借り賃も家によって高低はあるが、大約、次のとおりである。
綿布夜具 一組(敷布団、四布、夜着、三枚) 一夜金十三銭位
絹布夜具 同 一夜金二十五銭位
又、一枚にても好みに応じて貸すところもある。
綿布夜具 一枚一夜に付き、
敷布団 金二銭
四布 金三銭
夜着 金八銭位
絹布夜具 一枚一夜に付き
敷布団 金十銭
四布 金十銭
夜着 金十五銭位
蚊帳 (六八にて)一夜に付き
綿蚊帳 金五銭位
麻蚊帳 金十銭位