この文章は、大正15年に発行された「上毛の温泉」の内容です。又、旧字や現代では使用しない漢字、旧仮名遣いなどは読みにくいために、現代様に改めました。
(一)草津温泉
(7)浴場
各戸の内湯の外に、外湯と言うのがある。猛烈に熱い。これが草津に有名な時間湯と称して、その奇観天下に喧伝しているものである。五か所あるが、温泉に一定の温度を保たしめて規律的に入浴を行うのである。その勇壮沈痛誠に独特の奇観である。何れにも湯長があって、その威令の行われること正に軍隊以上である。
一番熱いのは、華氏百四十五度、摂氏六十三度の、驚くべき熱湯だ。これを「ドッコイショドッコイショ」草津節を歌いながら板で揉みに揉んで湯を柔らげる。時分はよしと見れば、湯長が号令をかけて一斉に入る。
時間を三分と限ってあるから、時間湯の名が出来た。一寸でも湯を動かしたら大変だから、皆歯を食いしばってじっとしている。唯湯長の合図に悲痛の声を揃えて答える。
「揃って三分!」「オーウイ」
「改正に二分!」「オーウイ」
「限って一分!」「オーウイ」
「しつくり御辛抱!」「オーウイ」
「辛抱のしどころ!」「オーウイ」
この辺になると答えの「オーウイ」にもさっぱり力がない。
「サァ、宜しくば上がりましょう」
と湯長の号令で、一同脱兎のごとく跳び出る。
大町桂月は、「あらゆる病毒を駆除し去ること、言わば人体の噴火にて、灸を据えると同じ筆法の東洋的療法なり」と言っている。
(8)散策と登山
草津には見るべき所、甚だ多い。日本武尊を祭った白根神社・囲山公園、寺では、祖師堂・光泉寺、沼には、もののぐ沼・湯畑・小蓋の池、石で名を得たものには、ゆるぎ岩・千人岩・獅子岩・牡丹岩、瀧では、嫗仙が瀧・常布の瀧・楽焼の月州円・みつ豆の見晴亭・高山植物を分けてくれる高山植物園等主なるものである。ここに是非紹介したいのは、
(9)白根登山
である。白根山は標高正に七千尺、上毛の第二峰で草津から三里で頂上迄達せられる。
嘗て大森博士は、「東京附近で婦人や子供に楽に見物に登れる火山としては白根に越したものはない。正に草津の公園地帯として開発すべきものである」と云われた。
其の興味とするものを挙げれば、
一、噴火口
往時大活動した火口は、現在の頂上全部がそれである。その活動は有史前の事で、その後火口の中に爆裂火口が三個出来ている。それが現今白根山の興味の中心点となっている。其の中央にあるものが、湯釜と称え、明治十一年に出来たもので、温泉を湛え、北の隅に硫気口が数個あって、水蒸気と瓦斯とを噴出している。昨年其の上方に更に小さな爆裂火口が出来て、今尚盛んに活動している。其の他は皆青ずんだ水を湛え、水釜、空釜と称えられている。
二、溶岩流の絶壁
往時溶岩の流出して固まったもので一大絶壁をなし、壮観である。火口の東南に当たる雄鷹山の南側がそれである。
三、枯木塚
明治初年爆裂噴火の以前は、山全部針葉樹の密林であったが、噴火の折、降灰と噴出瓦斯の為に数百町歩の密林が枯死し、今に立ち枯れたまま森林をなして奇観を呈している。
四、弓池
火口の西南に弓形をした池がある。附近の奇石と数峰とを浮かべた風致が面白い。往時の爆裂の跡である。
五、眺望
お鉢巡りをして西の地蔵嶺に登れば、信濃善光寺や川中島が眼下に見え、信濃川の平野を縦断している白い姿が眺められる。それから妙高山・黒姫山・有明山・戸隠山から連なって、南に高く日本アルプスの諸山が雪線を画して連互する様は天下の壮観である。
この一群を越えては、遥かに立山が見える。火口の東方からは、赤城榛名から関東平野を越えて筑波山の頂が見える。北は近く横手山岩菅の諸山から利根入りの諸峰、日光の白根男体まで、南は浅間から八ヶ嶽、甲武信奥千丈より富士の頂まで眺められる。
六、高山植物
火口壁を下ると、灌木帯草木帯に属する高山植物は奇跡を廻って群生し、自ずからなる庭園を作っている。這い松や芝生の対照も面白く、ナンキンナ、カマドの赤い実や、千本杉の黒い実をあさる見知らぬ鳥の羽音にも神秘の囁きが蔵されている。それから、類の極めて少ないお駒草の可愛い植物の沢山あることは白根の誇りである。
七、沿道の名所
常布瀧・白糸瀧・ましらの瀧は登山路の両側を流れる渓流にある瀧である。石楠花の名所・蟻の戸渡り・つつじが岡・秀草の温泉・櫻清水・芳ヶ平の小蓋の池の勝景など数多く、四季折々の特色を有って尽きぬ興味がある。
(10)スキー
スキーの好適地であることも、草津の恵まれたものの一つである。近来のウインタースポーツ隆興によって、草津電鉄完成の暁には、必ずや一大スキー地となるであろう。スキー季節は、十二月上旬から三月下旬迄。雪はパウダースノーで、平均六寸から二尺位。しかも雪解けが遅いからスキー滑走には好い。町の周囲に緩急幾多のスロープがあり、十キロの山野横断のコースも得られる。
又周囲の山は皆針葉樹の自然林もしくは落葉松の植樹林で、森林スキーの快味を味わうことも出来る。
一日乃至半日で往復出来る山が数有るために非常に面白い。千九百米の殺生山、二三五〇米の横手山、二一六〇米の白根山・本白根山、一九三四米の八間山のコースは最も興味多きものである。或いは横手山から渋温泉を越えて越後方面に出で、本白根を越えて鹿澤温泉に出で、又、渋から平穏温泉群を歴訪して飯山の方へ出事も団信の心胆を錬るに足りる。
現在草津スキー倶楽部が設立されて、貸スキー二百台余を有し、練習者の便を計り、スキー登山の案内なども快く引き受けている。
目下草津を中心として大スキーグラウンド・跳躍台建設等が計画されている。