この文章は、大正15年に発行された「上毛の温泉」の内容です。又、旧字や現代では使用しない漢字、旧仮名遣いなどは読みにくいために、現代様に改めました。
(3)避暑の温泉
緑滴る街路樹の葉も生気を失い、三々五々連れ立って道行く人々も、黙々として相語らず、希釈さえものうげに見える真夏、田圃の水は沸き、稲の葉はよれ、働く人も絶え、油を煮るような蝉の声もものうげに聞こえる盛夏の日の真中、さしたる暑さを感ずることもなく却って朝夕は多少冷気さえ覚えて、蚊軍の襲来など絶えてなく、而も山水は秀麗、眺むるによく、登るによく、散策によき、山と勝景とを有する避暑地として好適な温泉が亦少なくない。
草津・伊香保・四萬等の如きは、交通も便に設備等もよく、随って浴客も非常に多く、盛夏の候は最も賑わいを呈する、賑わしい、華やかな避暑地である。鹿澤・萬座・法師・湯檜曾・谷川・湯島・湯宿などは、交通比較的不便に、浴客も自然に少なく、生活にも不便の点がないではないが、悠々自適、思いを練り、気を養い、且つ、病を癒すには好適な場所である。
七~八月の盛夏の候、暑熱灼くが如く、静座するも尚流汗淋漓、而も黄塵万丈の中で気息奄々として暮らさねばならない都会生活に堪え得られぬ人士は、来てわが上毛の温泉に浸り給え。
新鮮な空気、多分の酸素とオゾーンを恵む大森林の深緑、高原の涼風と明るい日光、加うるに温泉とは忽ちにして甦生の思いあらしむるであろう。この中で大自然に恵まれた生活をしても、費用は極めて廉く、都会と殆ど事ならぬ位に生活出来る。勿論贅沢をすれば際限はないが、普通に過ごすならば、伊香保・草津・四萬などで弐円五十銭から四円位、鹿澤・湯檜曾・法師・湯宿あたりなら一円五十銭から三円位で暮らすことが出来る。
弱き人、病ある人は、来って一週日二週日を過ごし給え。必ずや貴き健康に近づくことが出来るであろう。
健康にして働く忙しき人は、土曜に来て日曜一日、ゆっくり、リクリエートし給え。大自然は容易に活気を與え、能率を増進せしむるであろう。
美しき山河、霊効あらたかな、幽しき情調たっぷりな温泉は、各所に、いつでも、大きな懐を開いて待っている。