この文章は、昭和14年に発行された「支那街の一夜」の内容です。又、旧字や現代では使用しない漢字、旧仮名遣いなどは読みにくいために、現代様に改めました。
ああ驚奇の世界
何と云う驚異に満ちた世界が、今眼のあたり私の前に展開するであろう。カフェーに媚びを売る柳腰嬋娟たる美女や、金に代えられて貞操を無残に虐げらるる少女の悲惨なる群れが、支那の街に渦巻いている。貪欲飽きなく父は娘を売りて紅酒に微醺を買い、娘は又高らかに歌うて、苦悩を知らざるが如く児戯す。十四、十五と云えば春風一度び吹けば蕾の姿態なるに、こは又如何に、かれ等は一方に児戯して、一方に客席に枕す。悲惨これい過ぐるものあらんや。
国を隔つこよ僅かに海一つ、こうも変わった世界があろうとは、幻にも又描かなかったものである。今私の筆は次第に珍奇な世界を諸君の眼の前へ拡げてゆくであろう。