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ノスタルジック解説ブログ

堅氷に閉ざされたるロソセイ湾【明治42年 「樺太探検記」より】

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堅氷に閉ざされたるロソセイ湾【明治42年 「樺太探検記」より】

この文章は、明治42年に刊行された「樺太探検記」の内容です。又、旧字や現代では使用しない漢字、旧仮名遣いなどは読みにくいために、現代様に改めました。


堅氷に閉ざされたるロソセイ湾

こんなアイスクリームが何だ

 日没頃、駿河丸は海馬島に別れを告げて、いよいよ樺太に向かった。狂風全くおさまって、名だたる宗谷海峡も一波騒がず、左に西ノトロ岬の白燭燈、右に稚内の白燭回転燈を眺めつつ、我が船は全速力を以って快走した。

樺太に過ぎたるもの三つあり、曰く二頭立ての箱馬車(樺太庁用、この値四千円也。もちろん馬は別だ)、曰く日本橋「さるや」の楊枝、曰く西能登の燈台、即ち是れ、紅色煉瓦石造の燈台は高くノトロ半島の岬端にしょく立し、岬の南東八海里の処には、二丈岩と称する、高さ二十フィート、直径60フィートの裸岩あり、数千の白鴎群集飛翔して、いたく航海者の眼を喜ばせるという。

樺太は極めて海岸線の短い島で、西海岸の如きはほとんど子午線に平行している始末だ。東海岸にてはテルペニア半島南東に突進してタライカ湾をなせども、これもほんのかたちばかりで、一帯の海岸は遠浅で物にならず、只島の南端、知床半島と能登呂半島によって抱かれる一個の亜庭大湾あるのみ、湾内深く入れば更にロソセイ小湾あり、島中の最良港たる大泊(大泊はアイヌ語ポロアントマリを翻訳命名したるもの、露領時代にはコルサコフと称せり)は、ここに在って全島商運の鍵鑰を握っているのである。



二十七日の午前四時、世は未だ全く眠りより覚めず、一点の浮雲なき、大空には星が一杯凍りついた様に輝いている時、駿河丸は大泊港の沖合い一海里半の位置に錨を投じた。ヒューとばかり耳、鼻、頬を掠める風は、寒いという度を越してピリッと痛く、吐く息は毛皮の襟巻きにかかって忽ち霜と化す。「いよいよ樺太に着いた」ことを切実に感ぜしめた。見よ、視力の届く限り、海は一面の軟氷に閉ざされているではないか。生来始めて北海に航せる記者にとりては頗る其の眼を喜ばしむべき光景。同時に又、いささか胸を痛ましむべき光景である。

「船長!こんなに氷があっても艀がでましょうか?」

野澤船長は満面な笑みを含みつつ、例の快活な口調にて答えて言う。

「こんなアイスクリームみたいなもの、太陽が出ればグヅグヅと消えてしまうです。」

ところが、こやるばかりはそう甘くは行かなかった。さすがの船長のこのアイスクリームには少なからず悩まされたのである。

記者が実際に見たのは、野澤船長がアイスクリームなる一語の下に冷笑しさった軟氷に過ぎなかったが、一月より三月初旬までは湾内一面、岩の如き堅氷を以って張り詰め、その延長よく海岸より数十マイルに達し、厚き部分は馬橇を駆って往復するという。予はロソセイ湾、ないし、アニワ湾の冬季に於ける結氷の模様を紹介するため、三十九年の二月、砕氷船大礼丸の試験的に行える航海記事の一節を摘録して置く故、これでもって其の一般を推察して頂きたい。


 二月十八日、半晴、最低気温華氏十二度、コルサコフ港(今の大泊)発、西能登呂岬に向かう。行くこと一マイルにして氷原に入る。厚さ二寸余、湾内ようやく結氷しつつあり・・・。

七時五十分、海岸より約二十マイルに至れば氷原急に暑さを増したけれども、尚、処々、やや薄き部分あるを発見し、汽機の回転を増減しつつ、前進を続けたるが、八時を過ぐる頃は、前路一面厚き堅氷を以って鎖され、薄きものも尚、水面上三~四尺を越え、渺々たる氷原、遂に突破の見込み立たざるを以って引き換えせり・・・。

厚さ凡そ尺余と見る所の氷原中に突入し、汽機の度を挙げて破砕全身を試みたるも、船体は氷中に固着して一寸も動かず、進退殆どきわまれり・・・。

氷原中にて交代を行うは、舵と推進器を損ずるの恐れあれども、この日時に吹雪あり。風力募りて夜に入らば危険を計り難きを以って、右に左に突撃又突撃、僅かに氷原を破壊して前進スルを得たり。かく船首をどんどん堅氷にぶつつけたるため、底部に塗れるペンキは剥げて、血を流したる如く純白なる氷を染めたり云々。


まずザッとこんなもの、其れで海面の凍結には二種あるようだ。
(一)ガラス板の如く平面に凍りて次第に其の厚さと広さを増すもの。
(二)まずクラゲを浮かしたる如く、凸面の遠景を形成りて後、結合するもの。
前者は多く無風の時に起こり、後者は海面に多少の波立てる時起こる。結氷の話はこの位で打ち切って、そろそろ上陸しよう。
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