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ノスタルジック解説ブログ

オットセイ密漁船【明治42年 「樺太探検記」より】

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オットセイ密漁船【明治42年 「樺太探検記」より】

この文章は、明治42年に刊行された「樺太探検記」の内容です。又、旧字や現代では使用しない漢字、旧仮名遣いなどは読みにくいために、現代様に改めました。


オットセイ密漁船

 幾千と数知れぬオットセイが殆ど隙間の無い程うぢゃうぢゃと、腹や背に柔らかい日航を受けながら砂浜に寝そべっている。中には、鼻を鳴らす様な、咽ぶような、唇を振るわせるような奇声を発し、眼を怒らしつつ、取っ組み合っているのもある。これは席を争うので、勝っても一間以上とは追えない。追撃をやっている間に、他の奴に奪い取られる憂いがあるから闘争の結果、強い奴は水際の良い場所を占領し、弱い奴はだんだん岩のほうへ追いやられてしまう。予はまずかくの如き壮観は生まれて始めて観るところなりとご挨拶をして、さて一体どれくらいの数が居るのかと質問すると、樺太の精は待ってましたといわんばかりに、。得意の鼻を蠢かしつつ、

精「ざっと三千もいやしょうか。近年はめっきり減って、昔のおもかげは無いです。
と慨然とし、さて咳一咳をして曰う。

精「この島がオットセイの群集地たる事を発見したのは米国の捕鯨船で我が安政元年、凡そ五十年程以前になりますかナ。翌年、アリンという奴が漁船ベルキンス号に乗って密漁にやってきて約二万頭をタブし、これを満載して布哇の方へ行きました。これがそもそも、本島密漁の急先鋒で、味を占めたアリンはその翌年再び来て一万五千頭を持ち去り、同時にブリックと称する密漁船また一万三千頭を撲殺したる為、世界に三ヶ所と言われたオットセイの産地も既に早く全滅の姿となって、よく翌年、キマフキンが遥々遠征した時などはようやく三百頭を得てすごすごと帰って行ったが、明治三年頃にはまたまた大いに繁殖して、米露捕鯨会社の船が密漁に来たところ、オットセイが島の周囲に立錐の地も無く密集していたのも見て、撲殺に経験の無い雇い漁夫どもは恐れて上陸を拒み、手を空しゅうして帰った事がありましたよ。それからというもの、またまた密漁船の跋扈甚だしく、漁夫は皆武装して上陸し、第一番にロシア政府から派遣せられたる監視人を家の中に押し込め、外から銃を卸して後、悠々と捕獲し去った事すらある。そうかと思うと監視員自ら密漁をやる、この事が暴露して自殺した青年仕官も有りました。それが三十七~八年日露戦争の当時は監視員の派遣せられざるに乗して、それはそれは恐ろしく荒らしたもので、とうとう密漁船同志で喧嘩をオッ始めて血まで流しましたが、殺された者は殺され損でさァ」
と語りきたっ、あたかも当時を追想するものの如く、額に苦々しい皺を寄せたが、

「しかし、戦争後、本島もまた日本の領地となり、四十年勅令を以ってラッコ・オットセイ猟を禁ぜられ、年々春から秋にかけて監視員を派遣されているので、今はまた年々繁殖しています故、もう両三年も経たら一定の制限の下に本島のオットセイ猟を許可して貰いたいものです。このままでは宝の持ち腐れですからね。ご承知の通り、オットセイの相場はロンドンで定まりますが、一党五十円、平均として一年三千頭として十五万円、十年で百五十万円、百年で千五百万円、一千年で一億五千万円、この小豆粒の様な島も頗る高価な値をもって居ます」
と吹き飛ばした。それより監視員派遣所に案内された。岩の上に建てられた狭苦しい小屋で、参考のためとて日記を見せてくれた。そのうちから、オットセイの頭数調査表の一部を摘録してみれば、



彼等は五月中旬頃、いずれかより来て、ここで繁殖を行って十一月中旬頃にはまたいずれかへ去るものの如く思われる。しかし監視員もまたこの島で越冬する事はできぬので、冬季中に於ける状況は全く不明である。

精「ですがね、この島へは只、ほんの景物にご案内した迄で、こんな物は樺太の財産の中には入れてありません。これから一つ、鰊漁場の模様を御覧に入れましょう。眼を回しちゃいけませんぜ。ワハハハ」
と記者が煙に巻かれている中に、空中飛行器は進行を始めて何れへとも無く飛んだ。三~四時間も走ったかと思う頃、精は突然、

「ヤッ、しまった」
と叫んだ。「どうした」と聞くと、

「方角を待ち逢えてとんでもない処へ来てしまいました」
というので、そっと首を出して下を見下ろすと、彼方の森に一群、此方の原に二群と見慣れぬ鹿が二百頭、ないし五百頭づつ群をなして遊んでいる様子、望遠鏡を取り出して覗き込むと、おお、野蛮人!顔の格好、皮膚の色、色身に纏える衣に至るまで、我々と全く趣を異にせる一種の人種がレンズに映った。


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