忍者ブログ

ノスタルジック解説ブログ

無資本有利の珍商売【大正6年「東京の解剖」より】

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

無資本有利の珍商売【大正6年「東京の解剖」より】

この文章は、大正8年に刊行された「東京の解剖」の内容です。又、旧字や現代では使用しない漢字、旧仮名遣いなどは読みにくいために、現代様に改めました。


七 無資本有利の珍商売

東京の黄金はらい

 オワイ屋と言えば鼻摘みだが、黄金払いと言えば何となく美しそうに聞こえる。然しこれは同じ便所をいぢるにしても、普通のオワイ屋とは全然性質を異にして、主に人の落とした物を拾い出す余り類のない商売である。その扮装を見るに、紺の股引脚絆がけに草鞋をはき、右手に長さ二尺余りの金網張りのサテを携え、左の腋下には消毒箱と記せる箱を肩から吊り下げて、一見区役所の衛生係かと思われる風をしている。そして彼等の得意先は主として吉原、洲崎、品川、新宿等の遊廓をはじめ、新橋、柳橋、烏森、浜町、築地辺の料理屋や待合である。中に特約のあるものは月何回と定めて壺浚いに出向くもあり、又、臨時お客が大酔をして、物品を便所に落とした時、急使よって呼び寄せられる場合もある。その浚い出した物品については、別に報酬の割引などは定めていないが、偶に三~四百円もする金時計などを拾い上げた時は、その客の気心によって十円、十五円位くれる者もあるという。そこで便所への落とし物といえば、大抵金銀の時計、懐中物、指輪、女の髪飾り等であるが、一番多いのは銀貨入、時計、紙包みの銀貨などであるそうな。彼等の仲間ではこの商売を黄金払いと称している。又、例のオワイ屋はこれを壺荒らしと呼んでいる。


資本不要の珍商売

 この商売を新たに開業すればとて、別に警察に届ける必要もなければ、鑑札一枚受けるでもなし、又、親分などへ付け届けをすることもない。それに資本と言ったところで、前期の金網に消毒箱だけだから、屑拾いをするよりも手軽で、誰でも出来る商売である。然し彼らが定得意を作って、公然黄金払いをやるまでの辛苦はなかなか一通りでないそうだ。得意以外の待合や料理屋の裏口へ廻り、無断で掃除口を開いて、怒鳴りつけられる事なども珍しくない。そんな時は例の消毒箱を示して、区役所の衛生係から来たと誤魔化して逃げ出すとのことだ。

 この商売の初めて出来たのは、最近七~八年前である。現今では東京市内に七~八人の同業者があって、其の内親分が三人、吉原から浅草公園界隈を占領しているのが入谷の士族松、洲崎遊廓から築地方面をなわばりにしているのが本所業平町の伯楽の岩松、日本橋から新橋烏森附近を得意場としているのが芝新網の天麩羅三次というだ。これ等の首領は何れも数十軒の定得意を持っていて、二~三人の部下を使っている。そうして彼等の収入は平均一か月十円内外だとのこと。この外、特約の定得意を持たぬ黄金払いは、やむを得ず、偽衛生係と化け込んで、手当たり次第に仕事をするのであるが、収入は少ないそうだ。


便所の中に金時計

 或る一夜、築地で有名な旅館に賊が入った。当時滞在中の大阪の俳優、中村某の室を襲って、高価な金時計と、女将の時計とを盗み去った。が、早く気が付いたので旅館中大騒ぎとなった為に、賊は狼狽して逃げ道を失い、遂に雪隠に潜んで生命からがら掃除口から逃げ延びた。この時旅館の番頭は、直ちに前記の天麩羅三次を呼んで、壺浚いを命じた。三次は即座に黄金払いを試みたところが、果たせる哉、男持ちの金時計が一個だけ現れた。番頭は男持ちだけあって女持ちの無い筈はない。どうもおかしい。必ず男持ちと一緒にあるはずだ。

「三次、貴様手品を使ったな。そんな不正な事をすると、警察へ突き出すぞ」と脅されたが、三次はあくまでも一個しか無かった事を主張する。番頭と若者とは非常に立腹して、三次を袋叩きにして追い返した。

 この話を聞いた三次の友達は、憤然として激昂し、ヨシ我々も江戸っ子だ。三次の為に雪冤をしてやろうと一決し、その子分に命じて更に旅館の便所を探らしめ、再び入念に黄金払いをやったところが、苦心の功空しからずして、遂に一個の女持ち時計を浚い出した。ここに於いて三次の友人らは、公然旅館の番頭に厳談を試み、散々前日の乱暴を謝罪せしめた上に、その女持ち時計を買い取らせ、凱歌を奏して引き上げたとのことだ。兎に角この黄金払いは、類の少ない商売だけに、時によると意外の儲けにつき当たる事があるそうだ。


旅客相手の呼売屋

 常に汽車、汽船等に旅行をする人は、だれしも経験のある事であるが、窓外の風物にもあいてしまい、自分の周囲に適当の話し相手も見当たらず、無聊に苦しんでいる時に、突然一人の男が車室の一隅に起って、大声で雑誌の呼売をするのを見るであろう。先一冊を十銭としておき、更にいろいろ喋りつつ二冊三冊と殖やして、結局五冊で十銭の大安売り。旅客は徒然で困っている場合、而も余りに安いのでつい買う気になる。妙なもので一人買い出すと、我も我もと彼方からも此方からも手を出す。忽ち十人十五人の客が得られる。それもホンの十分か十五分の間に売れるのだから面白いではないか。こうして一室が終われば次の室へと移っていく。元来鉄道規則から言うと、呼売は禁止されているのであるが、然し次席から次席へと相談的に買って貰う分には差し支えない。要するに乗客の安寧を妨げてはならぬという趣旨にもどらなければよいのだ。

 東京を中心として、日々汽車の中で雑誌の呼売をしている彼等の仲間には、案外義理堅い組合が出来ている。その元締めは浅草清島町竹島某、下谷御徒町大山某の二人であるが、呼売の商品はすべてこの元締めから供給されるのである。先ず組合に加入すると、直ちにその住所姓名が名簿に記載される。万一、組合員が病気にでも罹ると、全快して再び営業の出来るようになるまで、組合員がそれぞれ応分の拠金をして、相互いに救い合うようになっている。


呼売の収益一日三円

 一日平均一人が十円の商いをするとして、そのまた儲けが大したものである。一組五冊十銭、一人が一日にして百組に売るとしてそれが五百部。この売り子が百人あるとすれば、日々五万部という巨額の雑誌が元締めの手から供給される訳である。普通人はそんなに沢山の雑誌がと驚くかも知れぬが、目今東京のみで月々発行される雑誌は何百種とある。その中には五万も十万も盛んに売れ行く雑誌もあるが、中には千部印刷して二~三百しか売れぬ物も少なくない。その売れ残って、空しく店頭の塵に埋もれている雑誌が、驚く勿れ、毎月何十万と算せられる。各出版元では大抵発行の日より早きは二か月、遅くとも四~五ヶ月を過ぎると全部処分してしまう。所謂「カンカン」と称して、十貫目何程という捨値で売り払われるである。こうした売り物が月に何十回と出る。中にも資金の豊でない遣り繰り専門の出版屋になると、前月の雑誌類を今月の分が出ると直ぐ見切り売りをするのである。これ等の売り物が大抵元締めの手に集められるのである。

 その十貫目何程で仕入れた雑誌を、五部一組としても高々二銭位にしかつかぬ。それを元締めが五割設けて卸すとしても、一組原価四千にしか当たらぬ。それを十銭宛に百組売れば、一日六円の口銭、旅費、汽車賃を引いたにしても、優に三円は残る。何とボロい商売ではあるまいか。

 彼等の仲間入りをするには、その元締めの許を訪ねて来意を通じ、酒の二~三升も買って行って「これから宜しくお頼み申します」「よろしい引き受けた。しっかりおやんなさい」という位で、極めて簡単に組合へ加入することが出来るようである。しかし売り子自身で他の古雑誌屋から直接に仕入れたりすると、忽ち除名された上に、いろいろの迫害を受けるから、一旦加入した以上は、あくまでも組合の規約を守らなければならぬ。この呼売という商売は、売れさえすれば実に旨いのであるが、然し弁口が拙くては仕方がない。口先一つで売るのだから余程起点が利かなくてはならぬ。したがって田舎から出たての者には一寸困難である。故に最初は大道商人の喋る所などをよく聞いていて、自然に人を引き付ける工夫を考えるより外に仕方がない。


保険勧誘員の秘訣

 モ一つ口先で儲かる商売は、例の保険会社の勧誘員である。然し同じ保険という中にも実際勧誘員の必要ある会社は、生命保険だけである。海上保険や火災保険の如きは、こっちから勧めないでも、被保険人の方から進んで申し込んで来る。ところが生命保険に至っては、そうは行かぬ。五回も七回も勧誘員がお百度を踏んで勧めても、まずまずと断る人が多い。それだけ外交員の骨の折れる事は一通りならぬ。

 孫子、呉子、兵法の奥儀は己を知ると共に敵を知るにありというが、保険勧誘員たらんとするにも、先ずそれが第一に必要である。唯だ口先でベラベラやったのでは寧ろ打ち壊しである。被保険人の人物性行を具に観察した上で、人を見て法を説く呼吸が何より肝要である。

 大抵の人には何か一種の道楽、又は横好きというものがある。第一に捉うべき鍵はそれである。応接間を一通り見れば、凡そ其処の主人の嗜好を察することが出来る。そこでかねて紹介者から聞いていた事と比較創造して、いろいろ話題を捉えておく。そして主人に面会という段になっても、成るべく保険の事は避けて、先方に興味ある話を長く仕向けるようにするがよい。そうかと言って何人にも知れ切った事を空々しく話すのは、却って内兜を見透かされるものである。こちらの隙を見せるのは大の禁物である。即ち実際価値ある、而も先方の好尚に適合する所に話題を見出さなくてはならぬ。要するに、趣味を広く養成しておいて、どんなお話が出てもマゴつかぬようにするのが、勧誘上唯一の秘訣である。


勧誘上の懸引と其の収入

 之と全く反対に、其の家の主人に何等道楽もないという場合には、比較的閑そうな人であったならば、一寸その人の職業上の事などを聞くとか、或いは保険勧誘の困難な事などを語るとかする。けれども非常に多忙らしい人と見たならば、手っ取り早く来意を告げ、「貴下が五千円加入して下されば、自分は何程の手数料になるから入って戴きたい。こう申し上げると唯だ私が手数料さえ貰えば、あとはどうでもよいように聞こえるが、決してそんな訳ではない」と率直に、赤裸々に、而して更に普通保険という事は、誰でも承知しているように思って、その実、案外誰にも解っていない点だけを簡単に述べるのである。寧ろこういうやり方が却って成功する事がある。

 次に外交員は何に限らず、服装が大切であるが、殊に保険会社の勧誘員にはこれが必要で、衣服程度が一種の資本である。さてそんなら収入はと言えば、之には有給と無給とがあって、初めは大抵無給で、歩合制度である。その歩合は会社によって多少の相違はあるが、平均保険金額の
千分の十五が普通である。即ち保険金千円につき十五円の手数料になるから、一か月二千円の被保険人を作れば三十円、三千円なら四十五円、一万円作れば百五十円の月収になる。けれども追々被保険者の種切れとなって、一か月三千円以上作るのは容易の事ではない。然し二千円位の成績で、六か月以上会社に勤続すれば、始めて正社員として給料が貰えることになる。その給料といっても、僅かに一ヶ月十五円内外であるから、こんなのを宛にするようでは駄目だ。あくまでも勧誘上の成功を基礎として、手腕を磨いて行くようにせねばならぬ。

PR

コメント

プロフィール

HN:
ノスタルジック時間旅行
性別:
非公開

P R