この文章は、大正8年に刊行された「東京史蹟案内」の内容です。又、旧字や現代では使用しない漢字、旧仮名遣いなどは読みにくいために、現代様に改めました。
日比谷門
日比谷門は寛永四年建つる所にして、南の石塁は浅野丹馬守長晟之を築き、同六年、松平陸奥守政宗、桝形石垣を築くという。同十三年其の規模整いしが如し。桝形は東西十三間、南北十間、西に冠木門南に渡櫓門を開く。渡櫓は梁間四間、桁行十五間、旧時桝形内に張番所、櫓門内に大番所を設けり。
写真は冠木門の南方に当たる石壁にして、現に日比谷公園、日比谷門の左側にあり。