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地方人の騙されぬ用心【大正6年「東京の解剖」より】

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地方人の騙されぬ用心【大正6年「東京の解剖」より】

この文章は、大正8年に刊行された「東京の解剖」の内容です。又、旧字や現代では使用しない漢字、旧仮名遣いなどは読みにくいために、現代様に改めました。


五 地方人の騙されぬ用心

上京求職者の注意

 都会の事情に暗い地方人の中には、東京は広い所だから、行きさえしたらドンな儲け仕事でもあるもののように思っている人があるが、之がそもそも失敗の元である。堅気な家へ奉公して、真っ黒になって稼ぐ気なら、奉公口は幾らでもある。けれども多くの求職者は身に楽をして、何か旨い事はないかしらと探し廻る。その結果、悪桂庵や詐欺的周旋屋の好策に罹って、お尻の毛まで抜かれてしまうのである。「東京には職業多くして職業無し」という諺通り、何処へ行ったって、今日そう濡れ手で粟を掴むようなボロい事があるものでない。

 就職難は生活難となり、生活難は放浪生活となる。然るに東京にはこれ等の放浪者や、田舎ら出たての求職者を相手に、悪辣なる詐欺をはたらいている悪漢が、到る処に網を張っている。初めて上京する地方人は、往々彼等の毒手に罹るから、ここにその好手段に乗ぜられぬようにとの警戒かたがた実例を紹介する。それは何であるかと言えば、専ら地方人や求職者を食物にする「職業紹介所」である。


悪辣なる職業紹介所

 東京市内には人夫釣りという悪むべき誘惑を商売にしている者があるが、この職業紹介所は更に人夫釣り以上、辛辣なる手段を以て田舎者を瞞着している。普通は「職業紹介所」というのが最も多いが、其の他「職業案内所」とか、「職業問屋」とか呼んでいるものもある。これ等は皆同じ性質のもので、往来の眼につき易い場所を選んで「男女人員雇入れ、一切無料」「人員大至急募集」などいう看板を高く掲げて盛んに地方人の眼を誘惑している。そしてその後ろに隠れて白昼公然悪事を働いているのである。市内で最も大規模にやっているのは、浅草の▲▲(原文ママ)屋である。

 彼等はすべて羊頭を掲げて狗肉を売るので店頭に「雇人紹介無料」の看板を出してあるに関わらず、一度地獄の門というべきその暖簾を潜った以上は無代では帰さぬように出来て居る。先ず帳簿を一寸閲覧するだけでも驚くべし、閲覧料一円である。これは▲▲屋に限らず市内各所の職業紹介所は、皆一筆法で閲覧料の唯取りをするのである。

 先ず求職者が口を求めて店頭に立つと第一に職業の目的を聞かれる。店員が仔細らしくそれを聞き取って、「成るほどそれではこういう所があるから如何です」などでたらめの事を言って旨々帳簿の閲覧という段取りまで誘い込む。そこで前記の一円を徴収し、二階でその帳簿を見せるのである。


地方人相手の詐欺

 ところがこの帳簿成るものが甚だ怪しからぬ物で、常に外交兼店員なる者に市内各所を廻り歩かせて、例えば或る焦点に「小僧入用」の札が下がっていると、早速それを手帳に記して来て、それを閲覧簿に記入するのである。すべてがこの流儀で雇い主の方から依頼されたものでも何でもない。若し求職者が此の口が良いと言えば、直ぐと何の交渉もなしに知らぬ家へ本人を向けてやるのである。而もその多くは地方人であるから地理にも暗く、甚だしきは方角さえ判らず、それが小僧などの場合であると、泣いて附近の交番へ訴える事もあるが、警官が臨検すると彼等は単に紹介の労を取ったのみで、金は帳簿の閲覧料で、ツマリ無料で紹介したのだと巧みに言い抜けるのある。

 若し帳簿閲覧者が「帳簿は見たけれど金は持っていない」という場合には人夫釣りの親分同様、その男の所持品なり衣服なりを本人動向で入質させ、そして料金を取るのだ。こんな後ろめいた事をするのだから二階へ上げるのである。更に悪辣の完成の為に、彼らの参謀として山門弁護士が抱えられて、何かと狡猾に悪事の幇助をしている。これが為に其の筋でも少なからず手こずっているとの事である。


女を売り飛ばす

 彼等はかくの如き手段を以て田舎者の金品を巻き上げるのみならず、更に夫人を地獄へ落とすあくまである。彼等は容色よき女を見れば「その中によい口を見つけてあげるから、私の家に泊まっていたらどうです」と親切らしく持ちかけ、高い食料宿泊料を取った上に醜業婦に売り飛ばしてしまう。男なら北海道行の人夫に売るのである。彼等は一面悪旅館、悪車夫、ポン引き等と連絡を取っていて、其の手から玉を供給させるのである。そのポン引きという誘拐者が、停車場や公園等に張り込み、田舎者がいると巧みに言い寄り親切ごかしにして之を悪車夫に渡す。悪車夫はこれを旅館に連れ込む。旅館では更に之を悪周旋屋に引き渡すという順序になっている。

 かつて下谷警察署管内にこんな実例があったとのこと。秋雨のシトシト降る中を、田舎の若い女が上野停車場から出てきた。網を張っていた悪車夫はそれを認めて盛んに乗車を勧めた。女は金が無いと言うと、車代はたった三円でいいと無理に乗車させ、御徒町の悪旅館に連れ込んだ。待ち構えていた旅館では菓子を出す。馳走を進める。女はこの先どうなる事やらと心配の余り泣いていた所へ、折よく警官が臨検して辛くも虎口を脱したとの事であるが、彼等はかくして田舎所の所持品を巻き上げたうえ、裸にして酌婦に売り飛ばすのである。そして車夫との旅館との内約は一人連れ込めば二十銭で、一日三人以上連れ込むと別に賞与として五十銭出す事になっているから、車夫の方では車代などはドウでもいいのだ。


毒手に罹った上京夫人

 次にこんな一例がある。長野県のある資産家の娘が、ある群書記の所へ嫁に行ったが、家庭が面白くないので上京すると、例の悪車夫が良い旅館にお世話致しますと、本郷切通し下の悪旅館へ連れ込んだ。夜になると其の家の番頭が入れ代わり立ち代わり色仕掛けで持ちかけ、このうちの一人はとうとう関係をつけてしまった。そして衣類一切を巻き上げた挙句に、悪周旋屋の手を経て酌婦に売り飛ばしてしまった。こんな事例はまだまだ幾らでもある。そこで警察ではこれ等職業紹介所の主任を召喚して、時々説諭を加えるけれどもほとんど効がなく、やむを得ず私服巡査を各職業紹介所の前へ立たせて置き、其処へ入って来る者を捉えて「入るのは勝手だが、然し金を只棄てに行くようなものだ。それよりも他の確実な所へ行って世話になった方がよかろう」と言って聞かせる事にしたそうだ。その為下谷区の管内だけは、かかる悪性質の紹介所が減少したとの事であるが、然しと京には至る処にこの類の職業紹介所があるから、地方から初めて上京した人は、大いに警戒して詐欺に罹らぬようにせねばならぬ。


安心の出来る紹介所

 右の外人婦募集、外交員募集、失職者保護会、職員採用、高等内職通信教授などいう広告が、往来の電柱などに貼られてあるのを見るであろう。これ等もまた多くは田舎者を食物にする山師の仕事であるから、ウッカリその罠に罹らぬように注意せなばならぬ。

 若し東京へ出て奉公をする様であったら、市内でも最も信用ある雇人口入業者に就いて、確実な所へ行くようにしたほうがよい。又職業の無料紹介所として、真実営利的でなく、公益の為にやっている所は、救世軍の職業紹介所と、神田美土代町、青年会館内、東京基督教青年会の事業なる無料紹介所、この二箇所だけは大丈夫。安心して頼めるであろう。然しそんな事をするよりも、一等好いのは赤手空拳、独立独業、人に依頼せずして、自ら商売をはじめる事である。

 よって左に項を改め、多くの資本を要せず、東京でやっときっと金儲けの出来る、人のあまり知らない珍職業を紹介しよう。


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