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ノスタルジック解説ブログ

兄島の展望【大正15年「趣味旅行」より】

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兄島の展望【大正15年「趣味旅行」より】

この文章は、大正15年に刊行された「趣味旅行」の内容です。又、旧字や現代では使用しない漢字、旧仮名遣いなどは読みにくいために、現代様に改めました。


兄島の展望

 今日は島庁水産課の発動機船、母島丸を借りて近海の島々を乗り巡る予定。朝食をしていると俊ちゃんという、苗圃の園丁で私達の為によく世話をしてくれた青年が来た。
「母島丸が八時頃に参ります。課長さんはそのうちお迎えに参りますが、積み込むものはどうかお出し下さい。」
と言う。麦酒、サイダー、弁当、缶詰、キャラメル、ノート、写真機等を玄関まで運び出す。西瓜は苗圃から直ぐ積み込んでくれる約束である。ポツポツポツと静かな海面を軽く揺るがせながら母島丸がやって来る。天気は晴朗、海は殊の外静か。

 二見港は真に良港である。その口は狭くてその底は深い。唯、規模小なるを欠点とする。一万頓級の軍艦ならば数隻を容れるに止まる。然し駆逐艦や水雷艇の碇泊所としては絶好の港である。今や母島丸は港口を走っている。左舷は山羊山の断崖石を畳んだ如く、右舷は屹立百尺の絶壁、このあたりの地勢は要塞に属するから詳述を許されない。烏帽子岩の右側を過ぎて港を出るともう太平洋である。静かとはいえ涯知れぬ大海原、波のうねりは無限の彼方から来たって、永遠の彼方に通り過ぎて行く。時に舷側から銀鱗を閃かして飛魚が立つ。一町、二町、長きは五町程も滑走して行く。その速いこと、美しいこと。

 一時間ばかりにして兄島につき瀧浦に船を寄せる。海面は鏡の如く静かで海とは思われぬ。黒盆の底に水晶の粉末を敷きつめて上に秋の水を盛ったようである。海岸は白い珊瑚と瑪瑙の細片で埋められている。人の住まぬこの島に路のあろう筈がない。一條の渓流に沿うて山を登ること三十分、頂上を極めて眼を四方へ放てば、絶海の中、東に父島の我を導くが如く、北に弟島の我に従うが如く、東に遥か東島あり。西に遠く西島あって我が左右を護るが如くである。見下ろせば盆景の如き瀧浦に母島松は絵の如く浮いている山を降って渓流に顔を洗い汗を拭って海岸の木陰に休む。俊ちゃんが声を張って母島丸を呼ぶと、ボートをおろして食料品を陸揚げしてくれた。乾きたる人には先ず何よりも麦酒を與える。弁当に舌鼓をうち西瓜に齧りつくこと例の通り。芝生に仰臥して木の葉の囁きを聞いていると、鶯が飛んで来て頻りに囀る。



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