この文章は、大正8年に発行された「伊東及附近」の内容です。又、旧字や現代では使用しない漢字、旧仮名遣いなどは読みにくいために、現代様に改めました。
伊東温泉への交通
伊東へ行くということは、以前は大変に億劫がられていたものであったが、近年自動車が開通したので、老人でも気安く出かけるようになり、都人士にもだんだんと認められて来たのである。乗り物も方面によって船あり汽車あり軽鉄ありで、色々混用することも出来る。次にその大要を記そう。
◎東京方面より行くもの
〇東京よりするには汽船に依るのが一番便利で、時間の上からも費用の点からも経済である。婦人子供は兎に角、食わず嫌いで船を怖がる人があるが、相当大きな船で岸伝いに航行するので、至って乗り心地がよい。従って、未だかつて間違いのあったことが無い。舟に弱い者は、乗船前の食事を少し控えて、船に乗ったらすぐに毛布と枕を借りて、仰向けに寝ていると一番楽だ。眼を明けて四方を見回さぬほうがよい。
船は東京湾汽船会社の船で、大概二百トン前後、毎日午後九時に、京橋区霊岸島の乗船場(市内電車なれば永代橋停留場下車、それより河岸通りを右へ三丁つき当たり)から発船して、途中、熱海と網代とに寄港して、翌朝の八時には伊東に着くので、夜の間に来てしまうのである。
伊藤に停船するとハシケが左右から横付けされる。伊東温泉は町の中央を流れる松川を以て、松原、猪戸方面と、玖須美方面とに分かれているので、もし行く先が決まっているならば、ハシケを選んで乗らねばならぬ。
乗船賃 霊岸島より伊東まで 特等室 金三円五銭 並等室 金二円
〇汽船に乗れぬものは陸路のみに依る事ができるが、費用は少し余計にかかる。然し、昼間の旅であるから、女子供には却って飽きないで、山渓の風景など眺めながら来るのもよかろう。東京駅から乗るとして、三島駅へ停車する、直通下り列車に乗り、三島駅で下車、そこに来ている駿豆鉄道の小列車に乗り換え、五十分ばかりで終点、大仁(おおひと)に着く。そこからは伊東まで五里で、自動車、高等馬車、乗合馬車、人力車、山駕籠などがある。東京駅からは直通の三番列車位迄が都合が良い。午前八時前後のものが何かにつけて便利で、夕方五時前に伊東に着かれる。即ち、一番は午後一時頃に、二番は三時ごろに、三晩は五時ごろに大仁駅に着くのである。
・自動車は駅前にあって、汽車の着く毎に乗合自動車が出る。夜分にかかると割増金になるのみならず、景色は全く見られぬ。東京を三番で発つと、日の短い時だと夜にかかるようになる。天気なれば伊東まで一時間半。
・高等馬車というのは二人乗り位の幌馬車で、伊東まで四時間。
・乗合馬車は六人乗りの一頭立てで、伊東まで四時間。
・人力車は冷川までは平地だが、山坂にかかると時々降りてやらねばならぬ。
・病人茶人は山駕籠でも良いかもしれぬ。伊東まで六時間。
次に最近の調査による乗り物の賃金を記すと、
・東京駅より大仁駅まで汽車賃 二等 金三円二十七銭 三等 金一円八十三銭
・大仁駅より伊東町まで乗合自動車賃 金二円五十銭
貸切自動車賃 金五円
(ともに、雨雪は二割増し、夜間三割増し、夜間の雨雪は五割増し)
・高等馬車賃 一台につき 金七円二十銭
・乗合馬車賃 貸切一台につき 金六円
・乗合馬車賃 一人につき 金一円
・人力車賃 伊東まで 金五円
冷川まで 金二円
・駕籠賃 金六円
高等馬車以下、時期と天候によって些少の上下はある。健脚の人は平凡なる坦道を冷川まで乗り物により、それから山道を歩くのもなかなか興が多い。新道(自動車道)を行くと三里、旧道を行くと二里で、自然美を味わうには旧道を歩く方がよい。
〇汽船は嫌い、山越えも感心せずという人ならば、船車を併せ用いることが出来る。
・東京駅から国府津駅まで汽車に乗り、駅前二丁余の場所から出る伊東通いの汽船に乗るのである。汽船は浪風さえなければ毎日正午に出帆する。途中、熱海と網代によって、終点伊東に着くので航走四時間。
・又、一法は東京駅から汽船と軽便鉄道で熱海町に出で、熱海から三時頃寄港する前項の船にのって行くので、船中わずかに一時間半、これは乗換が度々で厄介だ。総てを通じてそれぞれ一得一失がある。
・東京駅より国府津駅迄汽車賃 二等 金一円七十銭 三等 金九十七銭
・国府津より伊東迄汽船賃 特頭 金二円五銭 並等 金一円六十五銭
・熱海より伊東迄汽船賃 特等 金一円十五銭 並等 金七十五銭
◎中京静岡方面より行くもの
○やはり大仁駅迄の汽車切符を買って、三島駅で下車し、駿豆線に乗り換えて大仁駅に着き、それより車馬にて到る。
○或いは、沼津駅で下車し、自動車の通しで、伊東に着くこともできる。伊東迄二時間貸切賃金二十五円、乗合賃金金三円五十銭。風雨、雪、夜は割増しになる。