この文章は、大正13年に刊行された「アイヌ神話」の内容です。
又、旧字や現代では使用しない漢字、旧仮名遣いなどは読みにくいために、現代様に改めました。
天地の創造
コタンカラカムイの事績
コタンカラカムイはこの世界を創造された有難い神である。その頃、この世界は、大いなる谷地であって、水陸は、混とんとして四方八面いづれを見るも、ただ広漠たる沼の様な霧の様な有様を呈していた。土は漂々として果てし無い霧雲の上に浮び、沈憂空漠として生命を有するものとては何ものもなかった。大空をとぶ鳥もなく、土に茂る草キモなかったのであるが、この有佐を見たコタンカラカムイは、生物をして世界に生存せしむるために、先ずセキレイをつくって降し、世界の設備を命ぜられた。セキレイはコタンカラカムイの命によって神座より降って来たが、万物の混とんとした状態を見て、甚だ驚き、され何からはじめてよいかを思いわずらうのであった。
いろいろと深く考えたけれども、どうしてよいか分からなかったので、水上に両翼をのばして羽ばたきしたり、あるいは足をもって谷地の盤面を踏みつけたり、あるいは尾羽をもってその上を打ったりしたが、しばらくこの事をくりかえして居る中に、不思議やいつの間にか、谷地はだんだんにかわいて陸地となり、水は海となって初めて、海と陸との境が明らかになったのであった。
コタンカラカムイはセキレイのこの偉大なる働きを非常に賞し、自らも大まさかりと鍬とをもって、荒き地を開き、セキレイをしてその羽根で平に掻きならさせて、初めて平地は出来あがった。
世界の創造を終わったコタンカラカムイは、その作業に使用して居た鍬や、まさかりや、つちなどを、およそ六十ほどあたりに打ちすてておかれた。処が、そのすてられた鍬の類は漸く腐りくちて、その中からある者は悪鬼(ウエンカムイ)となり、ある者はウエンワツカ(悪水)となり、あるものはウエンビボツクの木となった。この木はシハパプ(病神)を樹皮にひそめた。
悪鬼の祖主をニタツウナラベ(谷内の鬼母)といった。このニタツウナラベはトイヘクンラ外、多くの魔神を続々と生んだ。大地をつくったコタンカラカムイは更に六つの天をつくり、またこの世界の下に六つの世界をつくった。
第一最下の天をランゲカント(かかる天、あるいはつるす天の義)、第二の天をノーチユオカンド(星を有する天)、最上にある天をシニツカンド(雲高き天)と命名し、シニツシカンドの周囲には甚だ高大な鉄壁を築き、その入口に鉄門を設け、その奥に金銀をちりばめた宮殿を築いた。
地下につくった六つの世界は、第一を(地上より数えて)ボクナモシリ(地下の獄)といい、次なつをニツテネカムイモシリまたはテイネボツクナモシリ(この語は悪魔の国、または地下のうるおいうたる国という義である)といい、最下のものをチラマモシリ(最下の世界)とよんだ。
かくて天空と地下との世界を創造も無事に終わったので、人間を創造する事になった。コタンカラカムイは、先ず土をもって身体をつくり、ハコベをもって毛をつくり、柳の木をもって背骨を造った。人間をもつくったので、これを地上において、人間の住む場所として、カンナモシリ(上なる世界の義)、ウエカリウヲテレケモシリ(人々相互に足を踏みあう処の義)、ウアレモシリ(相互に繁殖する世界の義)の三ヶ所を作った。
更にコタンカラカムイは人間の生活に必要なる鹿をつくり、ウサギをつくり、魚をつくり、さらにもろもろの生物をもつくったものであった。