この文章は、大正13年に刊行された「アイヌ神話」の内容です。
又、旧字や現代では使用しない漢字、旧仮名遣いなどは読みにくいために、現代様に改めました。
アイヌ神話
第一、種族の秘史
世界の各種の民族は、それぞれ、その組織の歴史を今に語りつたえている。たとえば、我国史における神代の頃の出来事が、大和民族の始祖の秘史であるように、またギリシアの神話の様に北欧の神話のように、それはすべてその民族の始祖の偉業を後世の子々孫々に伝えたものであって、始祖を中心とする争い戦い祝い、その他様々なる出来事をあつめているのである。
アイヌにおいてまた同様で、その種族の祖の事業を今に到るまで語り伝えている。しかし、アイヌ種族には、古来文字がなかったために、これを伝記として明確に残す事は出来なかった。したがってこれ等の秘史は、人の口より口に伝えられるより外に方法がなかったために、現在のアイヌに伝えられているもののそれは、かなり誤びょうなどのあるであろう事はまぬがれがたい事である。
しかしながら、彼等は日常生活の基調を古き昔の祖先の行いきたった習性においているために、それが甚だしく相違しているとも思われない。位下彼等の語る始祖、太祖の事績について記して行く事としよう。
アイヌはこの世界の創造主はコタンカラムイ(ママ)という神であるとしている。コタンカラカムイとは国造りの神の意である。わが神代史のいざなぎ、いざなみの二柱の神にも比すべきものであろうし、ギリシヤ神話のヂュピタア、北欧神話のピユーリにも比すべきであろう。
またアイヌはその創生の時代においてオイナカムイという人が出でて、人間界を当地し、人間を教え導いたものと信じている。オイナカムイはアイオイナカムイともいって、「人々に代々伝承される神」、即ち、「我々がいつまでも忘れず子孫に語り継ぎ敬すべき神」の義であって、若し強いて他の神話に比するならば、日本における大国主命、ギリシヤ神話のプロメテオスにも比すべきであろうか。