大正15年に文芸社より発刊された「全国名所めぐり」より、「松江」というセンテンスより。尚、旧仮名遣いと旧字体は可能な限り現代表記とした。
<松江>
松江は松平氏の旧城址で、山陰の首府と称せられる。市街は直ぐに宍道湖に臨み、北に宍道山脈があり、山光水色描くようである。大橋の上に立って、四辺の風光を眺めると西には宍道湖の渺茫たるものがあり、東には伯耆富士の霊姿がある。湖に面する南岸の家屋楼台は、皆影を倒にして、蜃気楼を幻出する。其の眺望の佳絶なること恰も、瑞西のジュネーブにあるモンブラン橋と比較せられる。千鳥城址は今城山公園といい、五層の天主各は高く老松の間に聳え、城の堀は依然として存する。夏時蓮花で美しい。松江神社には藩祖を祀る。天神公園、袖師浦、床几山も亦、湖の風光をそえている。湖は東西四里、南北一里半、東馬潟瀬戸を経て中海に通ずる。碧雲湖の称がある。周回十三里の鏡面、伯耆富士が常に其の麗姿を浮べている湖中に一小島があり嫁が島という。月明の夜舟を浮べるものが多い。湖上には赤壁十六島などという奇勝があり、松江を本邦十二景の一に数えるのは要するにこの湖の勝景があるからである。