この文章は、大正15年に刊行された「アイヌの熊狩と熊祭」の内容です。
又、旧字や現代では使用しない漢字、旧仮名遣いなどは読みにくいために、現代様に改めました。
熊の頭の処分
切取りたる頭骨は彼等の住家なる笹小屋東側の窓、即ちカムイ○クシ○プヤラ(原文ママ)(アイヌは特に神を礼拝する神聖な窓としている)から家の中に入れる。この際、男子は刀を抜き、女はその後ろに隨って踊りながら入り口より家の中に入り、炉の周囲を廻る。数日の後、頭骨は頂に叉のある長棒の先に支えられ、又はイナオを以って飾られる。斯く建てた頭骨は彼等のひとつの財産となし、一面その家の聖き守護神として家の外、ヌシャサンに建て置き、随時礼拝するのであるが、これ、アイヌ部落に於ける奇観である。
熊祭りはアイヌの最大の祭事であるから、男子は刺繍あるアツトシの上に秘蔵の陣羽織を着し刀を肩からかけ、頭には冠を戴き、女は種々の縫模様せる美服を着飾り、耳輪をかけ首飾りをして歓喜を盡すのである。
之を要するに、アイヌが仔熊を飼育し熊祭りを行う目的は、熊の同情を(親切に飼うことによりて)得、山の神の恵(熊祭りを盛にすることによりて)によりて猟を多くし、財産を作り、又、病魔等に犯されないように幸福を得んとする為である。
熊祭りの風習は、決して独りアイヌにのみ行われるものではない。樺太のオロッコもやるし、ギリヤークなどもやる。それであるから、熊祭りの風習はイナオ(幣東)に於けるが如くに極東北亜細亜に広く行われている所の風俗であるというてもよい。
熊を飼育してから熊祭りに迄要する費用は決して少なくない。全く慾得を離れて彼等の信仰に基づいている。或アイヌは熊は神であるが故に、肉体を数回となく作り変えてアイヌの猟に供するものであると信じて、仔熊を飼育するに当たりてその特徴をよく覚えて置いた所が、後に至りてその熊と思ぼしい熊を幾回となく獲られたと言っている。